| 公式ホームページ | 団員募集のページ |
| 千代田フィルハーモニーは、1976年に発足した千代田区を中心に活動を行っているアマチュアオーケストラで、創立以来20数年間、100回を超えるコンサートを開催し、多くの聴衆に親しまれる演奏活動を続けています。 団員は、約80名で、年齢・職業はさまざまです。 毎回、客演指揮者を招聘し、古典から大編成の近代曲まで、幅広いレパートリーを持っており、浅草オペラの第一人者であった故・田谷力三氏、ジャズクラリネット奏者の北村英治氏をはじめ、数多くのソリストとの共演も果たしてきています。 音楽的な技術向上もさる事ながら、とにかく団員同士の仲が良いのが特徴で、毎週土曜日の練習の後は、近くの居酒屋での飲み会が恒例となっています。 いつもの居酒屋に、ロンドンブラスの面々がひょっこりやって来たこともありました。 年3,4回の演奏会(カザルスホールほか)と、秋の合宿、冬のミニコンサート等の公式行事のほか、団員同士での登山・温泉旅行・飲み会・恋愛・結婚・失恋等、音楽以外の活動もきわめて活発で、家族的な雰囲気も醸し出しています。 (尾瀬にて)
1999.4.18 千代田フィルにまた新しいカップルが誕生。 ビオラの野口さんとバイオリンの林さんです。 トピックスと特集ページに掲載してます。
|

| 左から、若くて美人の「やっちゃん」、ハゲの「おすぎ」、歯医者でトトロの「カトちゃん」、ジャズもやるエンジニアの「ガンさん」 |
************************ 5.2000年6月 勝山さんが来た。(フルート) フルートの勝山さんが、仕事の会議出席のため、宮崎に来られました。 宮崎に着いた日の夜、一番街で待ち合わせし、まず、「Malt’s」へ行きました。 OLVALを始め、そこそこ飲んで、「冷や汁」を食べに、呉竹本店で、いろいろ食べて、百年の孤独をガブガブ飲み、シティクラブへ行きました。 久しぶりに会ったのに、時の経つのも忘れ、とても楽しい時を過ごせました。 勝山さんの楽器遍歴や、最近の千代田の状況等、たくさんお話を聞かせていただきました。 宮崎には、3日いらしたのですが、その後の2日間の充実振りがすごく、その模様をメールでいただきましたので、転載させていただきます。 ==================================================================== ホテル45もとても良いホテルでした。(普段出張で使うビジネスホテルとは比較にならない) ところが、42階のバーで素敵なお嬢さんのハープを聴きながらカクテルを6杯も飲んでしまったため、いささか酩酊してしまいました。 2日連続で良いホテルに泊まったのに、バタン&キューで、風呂にも入らず、いつものビジネスホテルと同じ使い方でした。 今日1日は遊びの日でした。 先ず平和公園に行き、それから日南に行って鵜戸神宮に参拝し、玉を5個投げたけれど全部外れ、青島に渡って蝋人形でヤマサチヒコ〜神武天皇の神話のベンキョウをし、(巨人の長嶋監督も神話になっている!)汗だくだくになったので、宮観ホテルの風呂に入って昼寝をし、一番街をうろついて日向地鶏をつまみにビールを飲み、のんびりしすぎたために、マタマタ汗だくになって19:00のANAにぎりぎり間に合って、やっと帰ってきたところです。 珍道中ではありましたが、おかげさまで宮崎の主要な場所はクリアーできたつもりです。 ただ、一番街周辺で貴兄に案内してもらったルートは再現できませんでした。心残りは海で泳げなかったことです。 でも、良いところだ(暑いけれど)、また行きたいです。 ====================================================================== 勝山さん、また、是非おいで下さい。 ************************ 4.99年8月 トビさん(ホルン)が来た。 今年はうまくいった。 昨年に続き、今年もトビさんが遊びに来てくれました。 昨年は、車がオーバーヒートをするという大ハプニングがあり、すべてが台無しになりましたが、ラジエターを交換し、今年は万全を期しました。 と言っても、うちの車は、高速や山道を走るのは、昨年の事件以来で、修理はしたけど本当に大丈夫かは、非常に不安だったのですが、直っていたようです。今年のメインの目的は、霧島国際音楽祭に行くことです。 昨年断念したえびの高原の露天風呂にも、音楽祭に行く途中に寄ることが出来、一応昨年の雪辱は果たした格好です。 この日は、えびの高原も、大雨と曇りが交互に来る天気でしたが、不動池・地獄谷等を見物し、露天風呂にもゆっくりと入れました。 みやまコンセールでの音楽界&パーティーは、トピックスに書いているとおりですが、トビさんもこの音楽界は気に入ったようで、また来年一緒に行く事になるかも知れません。 パーティーが終わって、えびの高原を下るとき見た、星空は忘れることが出来ません。 標高が高く、台風が去ったあとの空には、まさに満天の星がきらめき、星明かりと呼べるほどたくさんの星が出ていました。グルメのトビさんとしては、昨年は宮崎の地鶏を気に入ってもらったのですが、今年はその店(とり勢)が休みだったもので、串焼きの「しもきた」に行きました。 タン下の串焼きや、松坂牛のステーキでこれも気に入ってもらったようです。 最終日は、シーガイアのパラダイスガーデンで、「Q−ZAR」という参加型シューティングゲームで遊んだり、シュラスコレストランで飛行機出発間際まで料理を食べまくりました。 うちのパソコンでは、フライトシミュレーターでセスナでは、宮崎空港に一発で着陸できましたが、737では海に墜落しましたので、まだ、横田基地にジャンボで着陸することは無理のようです。 また、近いうちに遊びに来て下さい。 (右は、トビさんにやられまくるレオ、「今度は負けん」と息巻いています))
(左は、エイジオブエンパイアにはまる、トビさん) ![]() (右は、シーガイアのシュラスコ料理店) ************************ 3.98年12月 田中さんが来た。(コントラバス) ![]() 97年にも、社宅住まいのころ遊びに来てくれたのですが、やっと仕事の都合がついて、再度宮崎に来てくれました。 今回は、パソコン買った直後の来訪だったこともあり、パソコン談義に花が咲きました。 うちから、田中さんの書いたメールが届いた団員の方も多かったのではないでしょうか。 クリスマス直前だったのですが、宮崎は異常な暖冬で、庭でバーベキューができたほどでした。 田中さんは、以前よりうちの子供たちから、「ドラクエおじちゃん」として親しまれています。 うちから、自転車で15分ほどのところにある「シーガイア」までいっしょにサイクリングに行きました。宮崎では、どこへ行くにも自転車ですが、田中さんは自転車は数年振りだったそうです。宮崎空港に99年2月より国際線ターミナルができますが、田中さんの会社の設計だそうです。 また、遊びに来てください。*************************** 2.98年夏 トビさん(ホルン)が来た。 大変なことになった。 98年の宮崎の夏は、気象庁観測以来という猛暑。 連日37度を超える日が続き、庭の植木も直射日光の日焼けで葉が枯れてしまうものが続出の有様。 そんな中、ホルンのトビさんが、ご自慢のパックスマンのホルンを抱えてやってきた。 宮崎の、地鶏など気に入ってもらい、うちでしばしのホルン・トロンボーンの練習の後、あんまり暑いので、涼しいえびの高原に、露天風呂にでも入りに行こうというナイスな計画を立てて即実行に移した。 高速道路を走行中、何気なく車の水温計を見ると、かなり高温を指している。 まあ、こんなもんかと思いながら、高速を降り山道に入ると、ついに水温計が振り切れてしまった。 あわてて車を止めてボンネットを開けると、冷却水がボコボコ言いながら、沸騰してあふれてきてしまった。 しばし冷やしてから車を動かしても、上り坂になると、水温計振り切れとなることから、えびの高原露天風呂をあと数キロの距離まで迫り、断念! 高速道路を使わずに、一般道で宮崎まで撤退することとなった。 下り坂は平気だけど、平地で50キロ以上出すと、水温上昇となることから、37度の炎天下、クーラーもストップ! ただひたすら、ノロノロと宮崎を目指すこととなった。 やっとのことで自宅にたどり着き、車をすぐに修理工場に出す。 その間、うちは誰も居なかったので、トビさんは、留守番しなながら、ホルンの練習を一人でしていた。 トビさんにとっては、「いったい何しに宮崎来たの?!」という、大変な宮崎滞在になりました。 懲りずにまた来てね。 **************************** 1.98年5月 この日は、このあとトロンボーン組みは、丁度この日宮崎国際室内音楽祭参加のため宮崎に来ていた、NHK交響楽団トロンボーン・チューバパートの方たちとの宴会に、合流しました。 余談ながら、この日来ていたN響チューバの佐藤さんは、私が明治大学交響楽団時代、東京芸術大学の学生で、うちのオケにたまにエキストラで来ていただいてい ました。 「20年前に、明大オケでお世話になりました。」と挨拶したところ、「ラフマニノフの交響曲第2番をやりましたねぇ。」とすぐ応えられ、プロは20年前のことも覚えているのかと、びっくりした次第です。 |
トップ |